父の昔話

昨年の11月に父が手術に踏み切った。
まだ初期の段階だから…
手術の他には治療方法はないのだから…
今は自覚症状がなくても急に症状が現れるが、その時では遅いのだから…

主治医の話に父は何ヶ月も逡巡し、11月に手術を受けた。

しかし、その手術はどう見ても失敗だった。
幹部を取り切らないままに手術を止めたからだ。
悪性ではないと判断したらしい。
後からの検査結果で悪性だったと改めて言われた。

悪性だから手術をするのだと進めた主治医が、悪性でなかったと手術を途中で切り上げて、
後からやっぱり悪性だったと説明した。
医学の限界です。ミスではありませんと付け加えて…

再手術を待つ間、
父は帯状疱疹を患った。
糖尿の値も少し高めになった。

主治医は、父の再手術は難しいとまた前言を翻した。
放射線で治療をすると。

2ヶ月後に検査に行くと、CTに真っ白な大きな影が映っていた。
主治医は原因は分からないから、このまま様子を見るという。
炎症かもしれないし、そうでないかもしれない。
クラッシュということも考えられると。
それでも、様子を見ましょうとしか言わない。

退院までの2週間で、私は嫌な思いを何度もした。
先生に話を伺おうとして尋ねていっても、返事もしない。部屋にも入れない。
PCに向かったまま無視をする。
私のような非常識なクレーマーがいるから、地域の医療がダメになると言われる。
こんな所に居たくもない。私は、もうこんな病院を辞めてこの地域から出て行く、と言われる。
にらむ、無視する、怒鳴る、罵る。
このどれも父の担当医が私に向けた行為だ。

この医師は、父に、
「私を恨んでいますか。」
と聞いた。

この医師から離れることを父に勧めても、父は首を縦に振らなかった。

けれど、ベッドを並べているうちに親しくなった方の訃報を耳にし、
その方に対する医師の対応をご家族から伺って以来
父は、騙されていたと口にするようになった。
信じられないと。

主治医を変えて父は再度手術をした。
10時間近くかかった大手術になった。
血栓が飛んだり、痛風になったり、術後の合併症に父は苦しんだ。

そして、退院してキズは癒えたが、父の体力は落ちたままだ。
足が弱くなり、言葉に詰まることも増えた。

かつて、父はおもしろいことを言ってはみんなを笑わせるのが好きだった。
冗談ばかり言っている父に、真面目な母はついていけずに困っていた。
昔の話をしても、武勇伝や失敗談をおもしろおかしく語るのが父だった。

久しぶりに実家に帰ると、
父が仏壇の前に座って線香を焚いていた。
そんな父の姿を初めて見た。
いつもは母に任せっきりだったのに。
そして、自分の父親のことを話し始めた。
「あのころ、もっと~してやっていたらなあ。」
「どんな思いで暮らしていたのかなあ。考えてみたこともなかったなあ。」
夢に現れて悲しそうな顔をしてじっと見ていたと話した。

父の話の中に、これまで全くなかった話題だった。
話の内容にではなく、
父の話す姿に、鼻の奥がつんとした。

母は、
「娘にだから、話をするんだよ。」
と言う。
「他の誰にも、話すことじゃないよ。」
と。

父の昔話をもっと聞いてみたい。
いつも強くて、弱音などはいたことがなかった父が、
昔をふり返って悔やんだり、辛かったと弱音をはいたりする
そんな姿の父を身近に感じて
娘はもっと話を聞いてみたい。
めったに時間を作れないけれど、もっと父の近くに居て話を聞きたい。
娘は、少し悲しいけれどそう思っている。
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# by hanaatushin | 2010-09-13 01:14 | 大切なとき

花をいける

最近何もかもが面倒に感じられて
ずっと続けていたお花でさえも
行き渋ってしまうことが多かった

久しぶりに教室にはいると
心が和むのが分かった

花を手に取ると何とも言えない気持ちになった
うまく言い表せない
何とも言えない気持ちだった

なつはぜの細かい枝をどんどん落として
すっきりさせるにつれて
気持ちまですっきりした

花を生けることは理屈抜きでいい

久しぶりに玄関に花が戻った
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# by hanaatushin | 2010-07-29 09:19 | ひと・人・ひと

整理する

雑然とした身の回りの
細々とした日常の
雑多な諸々を
思い切ってゴミ袋に
詰め込もう
ためらわず
名残を残さず
ゴミ袋に放り込もう
そうして
物を整理しながら
見えない物も
整理しよう
そう思いながら
ゴミ袋の口を大きく広げた
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# by hanaatushin | 2010-07-25 10:46 | つぶやき

贅沢

ハーブの香りが素敵なシャンプー

アンチエイジング効果の基礎化粧品

洗い上がりにいい気分を味わえる洗顔石けん

豆をひいてドリップする珈琲

ブレンドされたおしゃれなネーミングのハーブティー

黄身が盛り上がって鮮やかな卵

地元産大豆100%使用納豆

玄関に飾る花

720mlの大吟醸酒

350円で楽しめる地元の温泉
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# by hanaatushin | 2010-01-23 10:42 | つぶやき

母の治療が…

お正月が明けると早々に、母が治療のために上京することになりました。
何度か、母は一人で5時間近く高速バスに揺られ上京し、病院で治療を受け
地下鉄を3会も乗り継いで弟のマンションに行くということをしてきました。

ある時は、治療が辛くて動けずに、病院の会計の椅子で何時間か過ごしてからバスに乗ったことも会ったようでした。

とても気になってはいたのですが、父の手術もあり休みが続いたので、付き添いはしていませんでした。

今回、丁度休みが取れたので、治療の前の日に母と東京駅で待ち合わせをしました。

携帯で連絡を取りながら、母の居るところにたどり着いたときはほっとしました。
私も、東京は不慣れの田舎者ですから。

私は今回、母を劇団四季のミュージカル「ライオンキング」に誘いました。
私はこれで4回目になるのですが、母と一緒に見るのは感激が違いました。
母は、身を乗り出して楽しんでいました。

それから、ゆりかもめに乗ってお台場に行きました。
入院していたとき母はよく13階の食堂から東京の景色を見ていました。
トータルで2週間の入院でしたから、遠くに見えるお台場の観覧車などもよく覚えていました。

夕暮れの中ゆりかもめに乗りお台場に行き、折り返すようにして汐留におりました。
汐留では、テレビ局のからくり時計を見たり、イルミネーションを見たりしたあと、夕食をとりました。

それからホテルへ…

次の日、母は検査を先にしました。
嬉しいことに、次は、8月の検査でいいといわれました。
もう普通の生活に戻っていいです。
何も制限はありませんと言われて、ほっとしました。

弟のマンションに向かう途中、青山一丁目で降りて、遅い昼食をとりました。
パンが食べたいという母の要望で、コーヒーショップのようなところでクロワッサンを食べました。

弟のマンションに着いたのは、4時前。
私は5時前にマンションを出て、東京駅に向かいました。
新幹線で、帰宅したのは11時近くでした。

母は、金曜日に弟に送ってもらって、新宿から5時間バスに揺られて、自宅に戻りました。

6月頃から、毎月のように上京し、弟のマンションに泊まってきた母は、当分上京しないことをちょっと寂しがってもいました。

母の治療の付き添いで上京したのですが、楽しい親子旅になりました。
夢のような時間だったと家に着いた母がメールをくれました。
私も、夢のような時間でした。
母が病気をしたから、こんな時間が生まれたのです。

何がどうなるかは、過ごしてみないと分かりません。
夢のような時間を、またきっと作ります。
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# by hanaatushin | 2010-01-11 14:24 | 大切なとき

元気です

いろいろなことがありすぎて疲れていました。
けれども、元気になりました。
元気になったら、仕事が忙しくててんてこ舞い状態です。
忙しいということも、いいことかなと思っています。
仕事に、向かうといろいろなことを忘れます。
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# by hanaatushin | 2009-12-06 09:38 | つぶやき

母と息子

母が東京の病院に通院するため
単身赴任中の弟のマンションに身を寄せている

田舎者の母にとって大都会東京は人生で何度も訪れるところではない
ということもあって
体調も良くなってきた母を弟が電車の旅に誘ってくれた

鎌倉へ
駅前を散策し
江ノ電にも乗って
と計画を立てて出かけたらしい

電車の中から母がメールを送ってきた
70代後半の母だが
メールも使えるようになった

私は弟に教わって写真もとってみたら…
とメールを送った

母と息子の二人旅
めったにできることではないと思う
楽しんできてほしい

私は明日実家に出かけ
週末から手術のために入院する父を
ドライブに誘う予定だ
忙しくてそれどころではない
と言われそうだけれど
そのときは、お茶でも飲んで帰ってこよう

携帯など要らない
とずっと拒んでいた父に
母が上京してから携帯を届けた
毎日母と話しているらしい
たった一度、父も孫に教わって母にメールを送ったらしいが
母は、私にもそのメールを見せてくれた
嬉しそうだった

その私は、まだ2度しか父と話していない
なんとなく…
父からも2度かかってきただけだ
父と娘は、電話では何となく…
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# by hanaatushin | 2009-10-24 12:39 | 大切なとき

シルバーウイーク


長男夫婦と出かけてきました。
楽しい1日でした。
既に紅葉していて驚きました。
その美しさも、すばらしかったです。
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# by hanaatushin | 2009-09-27 13:05 | 大切なとき

睡眠

眠くならないとき
時間が多く与えられたような気がして
嬉しかった

好きな本を読んだり
たまっている写真の整理をしたり
眠った子供たちから解放された
至福の時だった

今も眠れない夜が多い
ゆっくりと体を横たえることを拒みたい気持ちが湧く
だから起きている
椅子にかけたままうとうとしたかなと思って目が覚めると
もう眠くなくなる
そして、朝になる

午後になると
体が何とも言えないほど辛くなり
しっかり眠ろうと思うのに
眠れない夜は、たびたびやってくる

若い頃と違って
起きていても
何もする気が起きない
ぼんやりしていたり
深夜のテレビ放送を見ていたり

こんな不安な暮らしは良くないと分かっているのに
頭と心と体がバラバラになって動いている
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# by hanaatushin | 2009-09-20 02:02 | つぶやき

楽しむこと

笑うことは人間だからできること
苦難に当たったときも、笑いににその理超えることはさらに高度なこと
とか。
脳科学の第一人者、茂木健一郎氏がそう書いていた(ように思う)。

先を案じても不安が増すばかり
今をどう生きるかを考えることが、幸福な生き方につながる
とか。
哲学者で心理学者の岸見一郎氏が、そう書いていた(ように思う)。


母は、8月中旬、築地にある大きな病院で無事に1回目の治療を終えた。
これは、最先端の治療法のようだ。
私は、手術と認識していたが、
病院では、一貫して治療という言葉を使っていた。
全身麻酔をして行う治療であった。
地元の病院であったなら、開腹手術をしなければならなかったと思う。

2ヶ月後にもう一度治療をすることになるが、
母の治療は、治るためのもの。
身体への負担も軽く、治療を終えて安心した。

思い切って地方から出て治療を受けることにして良かった。
10日あまりの間に、私は東京を3往復した。
ホテルなどに5泊した。
付いていなくても良かったのだが、
入院の日、手術(治療)の日、退院の日、術後(治療後)の検査の日
母は自分で電車を乗り継いで移動できないので
付き添った。

私と父と娘は
母が麻酔をかけられて治療をしている間
病院の最上階にあるレストランで
おいしいお寿司の昼食をとっていた

父が帰ったあとの数日間で
私は、銀座の町を散歩した
歌舞伎座や今若者に大流行のH&Mや花畑牧場のショップや…
築地市場も散歩した
そして、おいしいものも食べた
母は絶食中にかかわらず…
極めつけは
市川海老蔵・団十郎親子の新作歌舞伎「石川五右衛門」を観たこと
最後の日は、ちょっと奮発して銀座のホテルにも泊まった。

母は、はじめ「迷惑をかけて悪いね」と言っていたが
私が、あまりに遊び回るので、そう言わなくなった。
くよくよすると、母が良くなるのなら
私が心配をすると、母が元気になるのなら
いくらでもするけれど、そうではない。

母の近くにいて、
私が、笑って楽しくしている方が
母も嬉しいに違いない。
私も娘と居てそう思うから…

退院して1週間
実家に行ってみると
母はエプロンをして父の昼食の世話をしていた
いつもと変わらない風景だった。

父を誘って車で3時間
野球観戦に行った。
応援するチームは大敗したが、
父は球場で飲むビールのおいしさに酔ったそうだ。
ホテルに泊まり、
次の日の朝、地元に帰るバスに父を乗せて見送った。
秋には手術をする父だが
何も変わらない、いつもの父だった。

父も、治るために手術をする。
その先、どうなるかと案じても、先のことが好転するとは限らない。
今できることを楽しんで、
今できることがあることを喜んで
そして、毎日を過ごしたい。

さてさて、私も仕事に追われないように
先回りして仕事に取りかかるようにしましょう…
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# by hanaatushin | 2009-08-25 05:08 | つぶやき