<   2010年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

寂しいでしょう

長男が久しぶりに帰ってきたので
近くの幼なじみがやってきた
車でどこかに出かけるというので迎えに来たのだ

長男が家から出てくるまでの間
庭にいた私たち夫婦に彼は何度も
「寂しいでしょう。」
と問いかけた。

きっと彼の実感だと思う
彼は小さい頃少人数の家庭で育っている
その時に、寂しさを感じたのかもしれない
だから、今、夫婦だけになった私たちに
「寂しいでしょう」
と彼は問うのだと思う

かつて我が家には8人が暮らしていた
その同じ家に、今は3人
リビングにたった一人で居ることも多い
確かに寂しくなった
けれども
「寂しいでしょう」
と問われ、その寂しさが現実になった気がした


でも
思うほど寂しくはないのです
たまに、風が吹くときはあるけれど
今の毎日に結構満足もしているのです
[PR]

by hanaatushin | 2010-09-27 22:35 | つぶやき

力がこもるようだ

秋の収穫を進めている父
思うように仕事が進まないときもあるようだが
父の表情は明るかった

なんだかな
足に力がこもるような気がしてきたんだ
田植えの頃は
かがむのもやっとだったんだが、今では、ほらこうしてできるようになった


日焼けした顔に笑みがこぼれた

一月前は
筋肉が落ちてしまって
あっという間だなあ
力が出なくなってしまって


と気弱な言葉が多かったのに
働き出して
仕事をこなして
父に少し自信が戻ったようだ

まだまだ、秋の農作業は始まったばかり
無理をすると
また体調を崩すかもしれない
そんな心配をよそに
大変だと嘆きながら、楽しそうに仕事の話をする父が目の前にいる

ああ
私は幾つになっても父が好きだと強く思った
強く誇れる父が
また目の前に現れた
[PR]

by hanaatushin | 2010-09-21 21:21 | 大切なとき

気力

今年も稲刈りが始まった
私は、自分のことで精一杯で
とても手伝いには行けない

軽トラックの荷台に上がって、籾袋を付けたり揺すったり、口を閉めたりしなければならないのに
父の足でどうやってするのかと、心配していた。

夫が休みの一日を提供してくれた。
片道3時間もかけて実家に行き
手伝ってくれたのだ。

昨日は、
甥が時間を作って手伝ってくれた。

今日は都合で農作業は休みとのこと
父も体を休めるのに丁度いいと思う。

母からさっきメールが届いた。
機会に乗って稲刈り脱穀を進める父は、
病後の父ではないようだったと。

気力と生き甲斐とが人を強くするのだろう。


ところで、父は働かないと食ってはいけないのだという。
農家一筋だった父は、国民年金・農業者年金だけが頼りだ。
父も若い頃は、農家は長男に譲って、年金は自分の小遣い程度さえあればと考えていたようだ。
けれど、現実はそうはいかなくなっている。
若い世代は、自分の家族を安なうことで精一杯だ。
子供たちへの仕送りもある。
年をとっても、自分たちの生活費を働いて確保しなければならないのが、
専業農家をしてきた人たちの現実でもあるようだ。
少なくても父はそう思っている。

政権が変わっても
総理大臣が替わっても
続投しても、
世の中が明るい方に動く感じはしない。

けれもど、自分の手で足で働いて生活しようとする父の姿は尊いと思うし誇りにも思う。
そしてその意地とも言える父の気力が、父を奮い立たせ強くしているのだと思う。
[PR]

by hanaatushin | 2010-09-20 11:09 | つぶやき

父の昔話

昨年の11月に父が手術に踏み切った。
まだ初期の段階だから…
手術の他には治療方法はないのだから…
今は自覚症状がなくても急に症状が現れるが、その時では遅いのだから…

主治医の話に父は何ヶ月も逡巡し、11月に手術を受けた。

しかし、その手術はどう見ても失敗だった。
幹部を取り切らないままに手術を止めたからだ。
悪性ではないと判断したらしい。
後からの検査結果で悪性だったと改めて言われた。

悪性だから手術をするのだと進めた主治医が、悪性でなかったと手術を途中で切り上げて、
後からやっぱり悪性だったと説明した。
医学の限界です。ミスではありませんと付け加えて…

再手術を待つ間、
父は帯状疱疹を患った。
糖尿の値も少し高めになった。

主治医は、父の再手術は難しいとまた前言を翻した。
放射線で治療をすると。

2ヶ月後に検査に行くと、CTに真っ白な大きな影が映っていた。
主治医は原因は分からないから、このまま様子を見るという。
炎症かもしれないし、そうでないかもしれない。
クラッシュということも考えられると。
それでも、様子を見ましょうとしか言わない。

退院までの2週間で、私は嫌な思いを何度もした。
先生に話を伺おうとして尋ねていっても、返事もしない。部屋にも入れない。
PCに向かったまま無視をする。
私のような非常識なクレーマーがいるから、地域の医療がダメになると言われる。
こんな所に居たくもない。私は、もうこんな病院を辞めてこの地域から出て行く、と言われる。
にらむ、無視する、怒鳴る、罵る。
このどれも父の担当医が私に向けた行為だ。

この医師は、父に、
「私を恨んでいますか。」
と聞いた。

この医師から離れることを父に勧めても、父は首を縦に振らなかった。

けれど、ベッドを並べているうちに親しくなった方の訃報を耳にし、
その方に対する医師の対応をご家族から伺って以来
父は、騙されていたと口にするようになった。
信じられないと。

主治医を変えて父は再度手術をした。
10時間近くかかった大手術になった。
血栓が飛んだり、痛風になったり、術後の合併症に父は苦しんだ。

そして、退院してキズは癒えたが、父の体力は落ちたままだ。
足が弱くなり、言葉に詰まることも増えた。

かつて、父はおもしろいことを言ってはみんなを笑わせるのが好きだった。
冗談ばかり言っている父に、真面目な母はついていけずに困っていた。
昔の話をしても、武勇伝や失敗談をおもしろおかしく語るのが父だった。

久しぶりに実家に帰ると、
父が仏壇の前に座って線香を焚いていた。
そんな父の姿を初めて見た。
いつもは母に任せっきりだったのに。
そして、自分の父親のことを話し始めた。
「あのころ、もっと~してやっていたらなあ。」
「どんな思いで暮らしていたのかなあ。考えてみたこともなかったなあ。」
夢に現れて悲しそうな顔をしてじっと見ていたと話した。

父の話の中に、これまで全くなかった話題だった。
話の内容にではなく、
父の話す姿に、鼻の奥がつんとした。

母は、
「娘にだから、話をするんだよ。」
と言う。
「他の誰にも、話すことじゃないよ。」
と。

父の昔話をもっと聞いてみたい。
いつも強くて、弱音などはいたことがなかった父が、
昔をふり返って悔やんだり、辛かったと弱音をはいたりする
そんな姿の父を身近に感じて
娘はもっと話を聞いてみたい。
めったに時間を作れないけれど、もっと父の近くに居て話を聞きたい。
娘は、少し悲しいけれどそう思っている。
[PR]

by hanaatushin | 2010-09-13 01:14 | 大切なとき