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あんた ばかじゃないの

背中で音だけ聞いていたTVの中で
「あんた 馬鹿じゃないの」
細○○子が、そんなことを言った。

その前後の言葉だけが、心に引っかかった。

細:「アンタ、何のためにいきてんの。」
男(若い独身男性):「幸せになるためです。」
細:「アンタ、馬鹿じゃないの。」

というような流れ(ニュアンス)だったように思う。
私が問われ、私が答え、私が罵られたように錯覚した。

私はいつも幸せでいたいと願っているから。

けれど、ハッとしたことは確かだった。
私は、最近、誰かを幸せにしてあげたいと思ったことがあっただろうか。
自分が幸せになることばかりを考えていて…

続きも見ずに違う部屋に移ったので、TVでその先どうなったのかは知らない。
けれど、私の心の中では、ずっと同じ問が続いている。
誰かを幸せにしたいと願っているの?

私のイライラの根っこはここら辺にあるのかもしれない。
妙なタイミングで、妙な言葉が引っかかるのにも、訳があるのだ。
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by hanaatushin | 2005-09-28 20:32 | つぶやき

わがままのついでに

私が落ち込んでイライラしていたとき
受験生の娘ともいい関係ではなかった。
近くにいたら、ぶつかってばかり
ということで、今日も家から出ていようと考えた。

そこで、劇団四季のミュージカルのチケットをインターネットで格安購入した。
友達の家に遊びに来た帰りにちょっと家に顔を出した二男に頼んで、
アパートに戻るついでに仙台まで乗せていってもらった。

久しぶりに二男と遠出のドライブ。
相変わらず、穏やかな二男のとなりに座っていい気分だった。

宮城県民会館の前で息子と別れて、1人、
「クレージーフォーユー」をみた。
中央の前から四列目の席で楽しんだ。
仕事よりも恋に幸せを見いだすストーリー。
だけど、ストーリーよりも、
ステージの躍動感、華やかさ、華麗さ、美しい歌声にどっぷり浸って酔いしれた。

なんてひどい母親だろう、とかなり反省しながら家路についた。
家に着く間際、娘からメールが届いた。

「いろいろごめんなさい」
と。
私の方がごめんなさいという気持ちでいっぱいだったのに、
娘までも悩ませてしまって、本当に悪いことをした。

三日間、本当に自分中心にわがままを通した。
でも、そのおかげで、冷静になれたし、自分をふり返ることもできたような気がする。
自分の悪かったところを素直に認めることができた。

すぐに感情的にカーっとなる、わがままな私に付き合わされて
娘も夫も、思秋期は手がやけると思ったにちがいない。
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by hanaatushin | 2005-09-25 20:13 | つぶやき

いい考えは、いい考えだった(^_^)

思い立って車に乗った。
家電ストアーに左折する十字路を、右折してバイパスに向かった。
思い立ったら、カメラよりも両親の顔が思考を占領してしまった。

途中、母の好きな葡萄ピノーレをおみやげに買い、
そう言えば父には敬老の日のプレゼントを準備していなかったと思い出し、
酒屋によって芳醇な味わいで有名な銘柄の純米酒を買い、
ようやく実家に付いたときには夕方の5時を回っていた。

どうしていつもよりはるかに時間がかかったか
それは、途中でメールを何度も打ったり受け取ったりしたから。
面と向かうと感情が先に立って口論になってしまい先に進まない話も
メールだとどこか冷静になり伝えられる。
というわけで、長いメールを何度もおくった。
また、どういう訳か、昨日はいろいろな人からメールが届いた。
メールに手間取って。到着時間が遅れてしまった。

それに、昨日は彼岸の中日ということもあり、両親は仕事をしていなかった。
黄昏れてしまって、どうせ写真も撮れなかった。
カメラはまた今度に回しても十分なほど、両親は驚いて私を迎えてくれた。

夏の終わりの遠出の際のおみやげと、敬老の日のプレゼントを届けたら
とんぼ返りするつもりだった。
けれど、両親の喜ぶ顔と、甥や姪たちの歓待が心地よくて、
泊まっていけばいいよ
という誘いについ乗ってしまった。

なんということもない話をしながら晩ご飯を食べ、10時には疲れて眠ってしまった。
弟たち親子の団らんの声を遠くに聞きながら
1人暗い部屋で目をつむっていた。
ゆったりとした気分、満ち足りた思いで眠りに落ちてしまった。

今日起きてから、母とたわいのない話をした。
畑に生ゴミを捨てに行くという母について、畑に行った。
後ろから、中3の甥も付いてきた。
くるみの木の話や、害虫の話、白いクジャクソウの美しさの話、ベリーの木の話、ヨウシュヤマブドウのみでシャツを赤くしてしまった父の話をして家にもどった。

珍しく、叔父も自分が育てた葡萄を持って、やってきた。
会うのは何年ぶりだろう。
父は、私がいたことに驚く叔父に、
「うまくないことがあって、うちを出されて来たんだべぇ。」
冗談で笑った。
当たらずとも遠からずの思いをもって、実家にいった私だったので、ぎくりとした。

叔父が帰ったあとには、最近父が買った中古のパソコンで母がはまっているゲームを見た。
「疲れたから一休み、といってるくせに、横にもなんねで、ゲームしてんだ。」
と父が笑った。
「何分までって、時間決めてしてるんだよ。」
と母も笑う。
私にもしてみるようにと、さかんに勧めるので試してみた。
ちょうど、弟も帰ってきて、親子4人がそろってパソコンのディスプレイをのぞき込んでゲームをした。4人の年齢を合計すると、244才にもなる親子がパソコンゲームをしているというのも奇妙な風景だなぁなどと思いながら、結構ゲームを楽しんだ。

気が付いたら、もう1時すぎになっていた。
もう帰るからというと、母がおにぎりを作ってくれた。
コーヒーとおにぎりと蒸かしたサツマイモとみかんを手渡された。
車の中で、食べていくといい。
自分が育てた、ニンニクと、サツマイモを袋に入れて
「これも、おみやげな。」
と車に積んでくれた。

車に乗った私に、母はこんなことを言った。
「おまえは、幸せだなあ。いい旦那さんと子ども達がいて。
 お義父さんも、お義母さんもいい人だし。」
帰る車の中で、両親は私の里帰りの訳をちゃんと知っていたンじゃないかと思った。
察したんじゃないのかと…

いつまでも、娘でいることに甘えていられる自分の幸せを感じ、感謝した。
いつまでも依怙地になって腹を立てているのは止めることにしよう。
本当に許せないこともあるけれど、
今日はひとまず、何もなかったようにしてすごそう。
そう思った。
ちょうど下から、主人が珍しく声をかけてきた。
「こーひー飲もう。」
一時停戦
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by hanaatushin | 2005-09-24 21:05 | 大切なとき

いい考え!

気分がくすぶっているときに、いつまでもそのままでいるのはよくない
と自分でも思い、原因を探ってみた。

くすぶりの理由はなんでもいいので、
「カメラが壊れているからだ」ということにしよう。
だから、外に出るのもおっくうになる。
きれいな花も空も山も意識しなくなる。
花壇の雑草も目に入らなくなる。

ほうら、その通り。

そこで、気分一新。
財布の中身はあまり考えないで、
衝動買いも覚悟してカメラ選びにいってみようと思う。
う~ん、我ながらいい考え。

でももう一つグッドアイデア!!
車を走らせて、両親を驚かそう。

74才の母が、コンバインを運転している姿をカメラに収めることができたらラッキー!!
そうだ、我ながら、なんていい考え。
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by hanaatushin | 2005-09-23 12:28 | つぶやき

50才の願い

私は50才
こんな年令になって
望んでいることは
私を笑わせて
ということ

どんな小さなジョークでも
すべり気味のだじゃれでも
なんでもいいから
私の前でおもしろいことをしてみてほしい

もしも笑いが無理だったら
まぁ と思わず両手をパチンと合わせたくなるような
おいしいケーキを買ってきて
一本の花でもいいからプレゼントして
思わず嬉しくてにっこりできるように
私になんでもいいから優しくしてほしい

若かった頃
何をするのも一緒が当たり前だった
なんでも一人でするのが当たり前になっているのが今

でも
一人で一階のリビングに陣取ってテレビを観ないで
一緒に観ようよと誘ってみて
私が話しかけるまで何時間も黙っていないで
私の話をどこかよそみをしながら黙って聞いていないで
それにさっさと自分だけ缶ビールを飲まないで

一緒に飲まないかと誘ってほしい
そして、二人で
一口飲んだあとに
「あーっ!」
といって笑いあいたい

50才と1ヶ月のわたしの
こんな願い事が叶うことは…

50才にもなって、
こんな幼稚なことを願っているわたしが
私自身、情けない
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by hanaatushin | 2005-09-22 00:49 | つぶやき

試写会

最近、映画の試写会に行った。
亡国のイージス(亡国と某国では大違いでした)
深紅
どちらもテレビ局のプレゼントに当選したチケットで行ってきた。
そして、どちらもそれなりにおもしろかった。

もともと私は映像より文字が好きなので、あまり映画を観ない方だが、
ここ1~2年
映画をたまに観るようになった。

初めは、息子が付き合ってくれることが多かったが、
最近は一人でも行く。

主人とは?
ほとんど行かない。
行っても話がかみ合わない。

映画を観たあとの話が盛り上がらない。
退屈して無理して付き合っているのが、となりの私にびりびり伝わる。

でも、だった一人で夜の映画館を出ると、寂寥感に押しつぶされそうになる。
誰かと一緒に行って、
ああだったとか、こうだったとか話ができるところにも
映画のおもしろさがあるように思う。

そんなふうに、誰かを頼ることばかり考えていると
気持ちが浮かれないことが多くなるのかな。

今も、デジカメが故障して気持ちが落ち込んでいる。
修理に持っていこう。

それから、今週も試写会のチケット当選しないかなと心待ちにしよう。
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by hanaatushin | 2005-09-18 13:42 | つぶやき

秋なす

秋なすは嫁に食わすな
という例えがあるくらい、おいしいらしい。
確かに、なす漬けといったら、表現方法を知らないくらい、たとえようもないくらいおいしい。
けれど、高血圧のかなり心配な私は、漬け物を控えている。
嫁に食わせるなと言われるまでもなく、
なす漬けを食えない嫁なのだ。

けれど、
麻婆なすにしたり
なす炒めにしたり
なすの煮浸しにしたり
なすのおひたしにしたり(ネギとショウガのみじん切り、鰹節、醤油と酢でさっぱりと)
なすびたし(なすを生のまま千切りにして水にさらし、塩でもんでしんなりさせ、醤油、鰹節、七味などで味付けして食べる。)
などで毎日のようになすを食べている。

職場の上司は、家庭菜園のなすが豊作で、毎日なす三昧
「家計も助かって、お金が余りますね。」
という周りの冗談に
「そうだ、使い道がなくて困っているんだ。」
と返してくるほど。それでも、なすは飽きないらしい。
確かに、いろいろな料理方法があって飽きない食材だ。

私はなすを育てたことはないが
収穫したてのなすはつやつやとしていてとてもきれいだ。
来年、大人だけの家族になったときにしたいことをいろいろ数えているが
なすの栽培もその一つに入れてみようかと思っている。

秋なすは嫁に食わすな
という立場の年齢になったら、
せめて、冗談の一つとして
自分の口でそう言ってみることができるように…

おーっ こわっ \(^^:;)...マアマア
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by hanaatushin | 2005-09-16 01:20 | つぶやき

社会で通用する人間になれ

社会で通用する人間になれ
本当にそうです
社会で通用するとは、まず自立できるということですね。
そして、仲間がいて
誰かに信頼されて…
なにがしかの仕事をして

本当にそうです
世の中の役に立つ人になれ
私も小さいときに
そう言われて育ったような
思い出してみると
そんな気がします。

自分を大切に…
なんて言う言葉は、私が小さいときには誰もかけてくれませんでした
我慢することをたくさん教えられてきた世代です

母が、
「自分の思い通りになることなんか、なあんにも、ないんだよ。」
と私に言い聞かせたことがありました。
何かわがままを言って、駄々をこねた子供の頃か
都会の大学に行きたくて父にせがんだときのことか
もう忘れてしまいました。
でも
悲しそうでもなく
淡々と
世の中のさまざまな事実の一つを語るように
ぽつんと言った母の言葉は、不思議と忘れられずに残っています。
若かったころには気にも留めなかった言葉でした。

あ、いえいえ、私が我慢する話ではなくて
社会で通用する人になる話でした。
子供をかわいがる気持ちにおぼれてしまい
社会に出て生きることまでも見通せなくなりがちなのは、
母親だからでしょうか。
子供を大切に思うのだったら
自分がいないところで、つまり、社会の中で一人前に生きる力をつけてやることが大事ですね。
先までも見越して、目先のことにおろおろしないで
どかーんと構えることですね。

昨夜も
私の心配事を聞き流し、ビール片手にのんきに世界柔道に見入っていた我が夫は
きっと、どかーんと先を見越しているのでしょう
そういうことにして、今日は私も吟醸酒をいただくことにします。
(^.^)
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by hanaatushin | 2005-09-10 19:04 | つぶやき

土地に生き死ぬこと

私自身も親元から離れたところに暮らしています。
夫の両親と同居です。
一応長男の嫁なので…。
毎年、否が応でも、お墓参りとかお寺の行事とか先祖の法事とかで、
婚家のルーツを強く意識しなければなりません。

最近、庭の木はいつからのものだろうか
200年?いやそれ以上前から我が家の家族を見つめてきたのだろうか
とか考えるときがあります。
何代か前のご先祖様が、二男に酷似しているのも気になります。

突然、「家」がこの先どうなるのかなどという思いに駆られることがあります。
私が生まれた家でもないのにです。

私が生まれた家も古く、墓参の時には、10以上の石碑に線香をあげ手を合わせます。
我が家が守る石碑の数です。
弟がそれを守っています。

脈々と続くものを考えるのは、「家」を考えるのは、時代に合わないことなのだと思います。
でも、私は、私の爪の先にまでもに流れるたくさんの祖先の血を感じるのです。
土地に生き、つないでいくべき何かを感じてしまうのです。
土着の魂なのでしょうか。

でも、それを子ども達に強いるつもりはありません。
ただ、私にはいまだに、土地に生きた先祖の血が流れていて、
他家に嫁いで来てさえもそれが消えずにいるのです。

子離れをすることとは違うレベルなのですが、なぜか、こんなことを書いてみたくなりました。
どんなにあがいても、私の人生と子供のそれとは違いますから、
子ども達に生き方を強要はできません。
なるようになるのですから。

でも今は、もう少しで終わるだろう子育ての感傷に浸っていたいと言うのが実感です。
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by hanaatushin | 2005-09-08 01:13 | 大切なとき

子ども達が命

私の書いたものをふり返ってみると、子ども達に関するもので埋め尽くされている。
そして両親と…。

私には、仕事をしている世界もあるけれども、
このブログでは、できるだけ触れないようにしている。
私にはこれまでの時間のほとんどが仕事に費やされてしまって、
自分の子供の成長を見過ごしてきたという後悔がある。
子育てを、義母に任せっきりにして、
仕事にかまけていたという後悔がある。

いま、子育てがもうすぐ終わろうとするときになって、
そして、仕事上の行き詰まりというか限界というかそのようなものを感じるようになって、
子ども達を二の次にしてきた自分の人生を
とてつもない大きさで、
たとえようのない強さで、
後悔することがある。

だから、
今頃になって、子ども達のことが私の心を大きく占領する。
でも、どんなにあがいても、限られた時間のことだとは分かっているつもり。
分かっているから、尚更のこと、子供との時間がいとおしくなる。

20才にもなって、夏休み中、家でごろごろしている息子。
「8月から、もう30冊は本を読んだな…
 お母さんが若い頃はどんな本を読んだの…」
などと言いながら
かつて私が読んだ本の中から気に入ったものを選んでは読み
ああだのこうだのと話をする。
こんなに幸せな時間はない。

まもなく就職活動にはいるけれど、
二男もやはり、地元の企業に就職する気はないようだ。

「3年になって専門になってからは勉強が楽しい。
 せっかく勉強するんだから、これを生かした仕事に就きたい。
 そうすると、地元に自分が学んだことを必要とする企業はないものな…」

君の人生だもの、後悔しないようによく考えて。
お母さんはできるだけ近くにいてくれた方が嬉しいけれど、
君が自信を持って自分のしたいことに立ち向かっていく後ろ姿を見ているのは
もっと嬉しいことなんだよ。

君がまだ大学生のうちは、
一緒に過ごせる時間を大切に、できるだけ長く持ちたいと思って…
でも、直接口では言わずに、じっとそう思っているので
息子たちが命、娘が命のお母さんでいさせて下さい。
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by hanaatushin | 2005-09-04 20:32 | 大切なとき