苦い思い出

私が卒業した学校は女子校でした。
その地域での、進学校と言われる学校でした。
「母も学べば姉も通いし○○女高に 今し我らも…」
こんな歌詞で始まる校歌を持つ伝統校の一つでした。
制服のネクタイピンには葵の紋章がついていて、この制服もわたしにとって誇りの一つでした。
でも、高校時代には二度と戻りたくありません。
毎日勉強のことだけが頭のなかに渦巻いていました。
女同士、友達のようでいてみんなライバルでした。
10クラスもあった学校だったけれど、成績で4区分されてクラス編成がなされていました。
理系コースには90人いましたが、たとえそのクラスでビリの方でも学年450人中100番ぐらいにはなる計算でした。
繰り返し実施される模擬テストの点数で序列化され、いつも息が詰まりそうでした。
30年以上前のことですが、長期休業中は、東京の予備校に講習を受けに行く人もいました。宿泊しないと不可能ですから、かなり気合いが入っていたことになります。

私は、そんなクラスの中では落ちこぼれ気味、いつも「分からない」ことに苦しめられ続けました。
何日も学校を休んで部屋に閉じこもっていたこともありました。
受験勉強が手につかなくて、夏目漱石や森鴎外、堀辰雄などの文庫本をひたすら読みました。
楽しいことなど、何もなかった、いや、ちょっとしかなかった…
自分の子供が生まれてもこの高校にだけは入れたくないと、17歳の時に本気で考えたほど楽しくありませんでした。

ところが、娘も女子校に入ってしまいました。
私は地元を離れたので、私とは違う県で、娘も女子校を選びました。
娘の高校も県内有数の進学校です。
私のころを遙かにしのぐ受験体制です。

おそらく、娘も私が30年以上前に味わったあの苦さを味わっていることでしょう。
ときどき、不安定になったり不機嫌になったりする娘を見ていると、そう感じます。
私は二度と戻りたくないと思う3年間ですが、娘はどう思っているのでしょうか。
部活に打ち込んだ2年間。娘は土曜日も日曜日も学校に行きました。
休む間もない高校生活を送ってきました。これから、春までそれが続くでしょう。
時々、学校に行くのがつらくなって休んでしまうこともあります。
私から見ると、それも分かる感じがします。

私は、自分の高校生活を楽しいものにできませんでした。でも、娘は、私のような後ろ向きな思いを持たないかもしれません。
それは、娘が私が高校生だったときよりも、ずっとしっかりしているからです。
つらくても、自分で折り合いをつけて、切り抜けていけると思っています。
娘の底力を信じています。
私の子供ですが、なかなかな娘です。
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by hanaatushin | 2005-06-07 22:33 | つぶやき